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2021年5月28日 記事掲載

埼北市町村ガイド

埼北よみうり配布エリアの22市町村を順に紹介していく連載コーナー。歴史、文化、地理、産業、観光など、各市町村の特色を掲載いたします。

2.行田市

Vol.2 行田市

上空から見た埼玉古墳群

上空から見た埼玉古墳群

行田市には、古代から近代まで、様々な歴史が息づいている。古代を代表するのは2020年、国の特別史跡となった埼玉古墳群。5世紀後半から7世紀初めにかけて築かれた大型の前方後円墳8基と円墳1基、小型円墳群が点在している。大型前方後円墳のひとつ、稲荷山古墳からは1968年、多数の副葬品が出土し、中でも、表裏合わせて115文字が刻まれている「金錯銘鉄剣」は、ヤマト政権と地方の関係性などを知る上で、歴史的価値が高い。

忍城
忍城

中世では、成田氏が一帯を治め、忍城を中心に城下町が栄えた。1590年、豊臣秀吉の命を受けた石田三成が、忍城に対し水攻めを決行。水攻めに見事耐え抜いた忍城は、『浮き城』の異名を持つ。その際に築いた堤は「石田堤」と呼ばれ、今もその一部を見ることができる。

近世後期に入ると、行田足袋の生産が盛んになり、一大産地としてまちはにぎわった。規模は大分縮小されたものの、地域に欠かせない伝統産業として認知される。

埼玉県名発祥の地としても知られる。1871年、現在の県域に「埼玉県」と「入間県」が設置された。その後変遷を経て、76年に現在の埼玉県の区域が定まった。埼玉が県の名称となったのは、埼玉古墳群があり、県内で最も広い郡が「埼玉郡」であったためと考えられる。

埼玉県名発祥の碑
埼玉県名発祥の碑

行田足袋
行田足袋

市の産業として有名なのが行田足袋。江戸時代から続く伝統産業は、武士の妻たちの内職として生産が始まった。明治時代になるとミシンの導入による機械化が進み、最盛期の1938年には年間8400万足を生産し、全国生産のおよそ8割を誇る一大産地として名をはせた。かつて足袋を保管した足袋蔵は今も市内に点在し、歴史の趣きを感じさせる。2017年には、地域の歴史的魅力や特色を通じて文化・伝統を語るストーリーとして、「和装文化の足元を支え続ける足袋蔵のまち行田」が日本遺産に認定された。足袋蔵を保全・活用する取り組みも進み、いくつかはミュージアムや飲食店として利用されている。

行田スリッパ
行田スリッパ

同じ履物づくりで、スリッパ産業も今に続く伝統のひとつ。南河原地域では、かつて農閑期の副業として始めたスリッパの生産が盛んとなり、1980年には全国1位となる3,153万足が生産された。近年では、事業者と商工会が連携し、伝統の技術を生かした新しいスリッパづくりにも取り組んでいる。

農業も盛んな地域。川の恵みを受けた肥沃で、平坦な地形を生かし、米麦が中心を担う。2007年には、甘みが強く独特の香りを持つ「行田在来青大豆」の復活が話題を呼んだ。収量・作業性の高い品種の台頭により、昭和50年代に姿を消した青大豆だが、11年からは生産を拡大し、商品化を進めている。

フライ
フライ

ゼリーフライ
ゼリーフライ

農業の中心が米麦であることから、小麦を使った食文化が育った。その代表格のフライは、小麦粉を水で溶き、鉄板の上で薄く広げ、ネギや肉、卵などの具を入れて焼き上げ、ソースや醬油だれで味付ける。腹持ちが良いことから、市民に欠かせない料理となった。昭和初期には、足袋工場で働く女性工員の間で人気となり、販売店が増えていった。現在、専門店以外も含め、市内30店以上で販売されている。

フライと似た名前で有名なのがゼリーフライだが、実はまったくの別料理。おから、ジャガイモ、ネギ、ニンジンが材料で、コロッケの素揚げのような食べ物で、ほくほくとした食感が特徴。ユニークな名前の由来は、小判型であることから「銭フライ」がなまったと言われている。

2015年からは、地域活性化の取り組みとして、市民団体が考案した「さきたま古墳・行田古代米カレー」が登場。行田の観光資源である埼玉古墳群の古墳をかたどったご飯にカレーが盛られている。現在、市内10店舗以上で販売され、各店の工夫を凝らしたカレーライスが味わえる。

利根大堰
利根大堰

市全域は全長67.49㎢。埼玉県北部に位置し、北側を利根川、南側を荒川が流れ、利根大堰から引き込まれる水は、飲み水や工業用水として県内に供給されている。川の恵みを受けた肥沃で、平坦な地形を生かし、米麦を中心に農業が盛んな地域でもある。水と米に恵まれた土地柄から酒造りに適し、2つの酒蔵が軒を構える。

 

気候は、年間を通して際立った風水害や降雪もなく、災害も少ない。自然豊かで、さきたま古墳公園をはじめ、水城公園、古代蓮の里など、四季折々の花が楽しめる公園が整備されている。

迫力の田んぼアート(2015年)
迫力の田んぼアート(2015年)

都心から電車で約60分圏内とアクセスが良く、特別史跡・埼玉古墳群を筆頭に、古代蓮が見頃を迎える6月から8月には、大勢の人が訪れる。

近年では、映画やドラマのロケ地としても注目を集める。映画「のぼうの城」では戦国時代に忍城を巡っての攻防が描かれ、ドラマ「陸王」では伝統産業である足袋にまつわるストーリーが人気を呼んだ。前者では忍城址や石田堤、後者では市内に点在する足袋蔵などを巡る人たちが今も足を運ぶ。

農業の中心、稲作を利用した観光資源に、田んぼアートがある。2008年から始まった取り組みで、地産米のおいしさをはじめ、市の魅力をPRしようと企画された。2015年には、世界最大(公式認定記録27,195㎡)として、ギネス世界記録=写真=にも登録されている。図柄も工夫が施され、人気テレビゲーム「ドラゴンクエスト」やドラマ「陸王」なども採用され、話題を集めた。

小川一眞
小川一眞

郷土の偉人に、小川一眞(1860~1929年)がいる。写真家として活躍し、写真製版を日本で最初に実用化。多数の写真印刷物を刊行した。夏目漱石の写真を撮影したことで知られる。東京写真師組合初代組長で、動五等雙光旭日章、藍綬褒章などを受章した。ほかにも、市出身者には、1981年のメジャーデビュー以降、根強い人気を誇る音楽グループ・スターダスト☆レビューのボーカル・ギターを務める根本要などがいる。

 

行田はちまんマルシェ
行田はちまんマルシェ

市は今年を『観光元年』に位置付け、1月に発足した一般社団法人行田おもてなし観光局と協働して、観光振興に力を注ぐ。市内の観光資源を使ったイベントやツアーの開催、新たな特産品の開発・販売などを通じ、地域活性化を図っていく。特産品に関しては、行田市商工センターに構える観光物産館ぶらっと♪ぎょうだで販売し、魅力を発信していく。

市が現在、にぎわいの中心になるようにと、整備事業に取り組むのが八幡通りだ。忍城主が崇敬した行田八幡神社をはじめ、通り沿いの商店街では毎月1日から14日の間(11月、1月のみ15日から末日まで)、花手水で軒先を飾っている。花手水とは、手水鉢一面に季節の花を浮かべたもの。華やかな通りには、毎週日曜日午前、行田はちまんマルシェが開催されている。市内事業者が出店し、新鮮野菜や特産品、雑貨など、多種多様な商品が販売され、多くの人が買い求めに足を運んでいる。市は、この八幡通りを活性化することで、市全体ににぎわいが波及することを期待している。

行田市のデータ

人口 79,824人(令和3年5月1日現在)
世帯数 35,387(令和3年5月1日現在)
面積 67.49㎢
総生産額 2,969億8,100万円(平成30年度)

取材協力:行田市

行田市地図

Copyright © saihokuyomiuri.

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2021年5月28日 記事掲載

埼北市町村ガイド

2.行田市

Vol.2 行田市

上空から見た埼玉古墳群

上空から見た埼玉古墳群

行田市には、古代から近代まで、様々な歴史が息づいている。古代を代表するのは2020年、国の特別史跡となった埼玉古墳群。5世紀後半から7世紀初めにかけて築かれた大型の前方後円墳8基と円墳1基、小型円墳群が点在している。大型前方後円墳のひとつ、稲荷山古墳からは1968年、多数の副葬品が出土し、中でも、表裏合わせて115文字が刻まれている「金錯銘鉄剣」は、ヤマト政権と地方の関係性などを知る上で、歴史的価値が高い。

行田足袋
行田足袋

市の産業として有名なのが行田足袋。江戸時代から続く伝統産業は、武士の妻たちの内職として生産が始まった。明治時代になるとミシンの導入による機械化が進み、最盛期の1938年には年間8400万足を生産し、全国生産のおよそ8割を誇る一大産地として名をはせた。かつて足袋を保管した足袋蔵は今も市内に点在し、歴史の趣きを感じさせる。2017年には、地域の歴史的魅力や特色を通じて文化・伝統を語るストーリーとして、「和装文化の足元を支え続ける足袋蔵のまち行田」が日本遺産に認定された。足袋蔵を保全・活用する取り組みも進み、いくつかはミュージアムや飲食店として利用されている。

行田スリッパ
行田スリッパ

同じ履物づくりで、スリッパ産業も今に続く伝統のひとつ。南河原地域では、かつて農閑期の副業として始めたスリッパの生産が盛んとなり、1980年には全国1位となる3,153万足が生産された。近年では、事業者と商工会が連携し、伝統の技術を生かした新しいスリッパづくりにも取り組んでいる。

農業も盛んな地域。川の恵みを受けた肥沃で、平坦な地形を生かし、米麦が中心を担う。2007年には、甘みが強く独特の香りを持つ「行田在来青大豆」の復活が話題を呼んだ。収量・作業性の高い品種の台頭により、昭和50年代に姿を消した青大豆だが、11年からは生産を拡大し、商品化を進めている。

 

フライ
フライ

ゼリーフライ
ゼリーフライ

農業の中心が米麦であることから、小麦を使った食文化が育った。その代表格のフライは、小麦粉を水で溶き、鉄板の上で薄く広げ、ネギや肉、卵などの具を入れて焼き上げ、ソースや醬油だれで味付ける。腹持ちが良いことから、市民に欠かせない料理となった。昭和初期には、足袋工場で働く女性工員の間で人気となり、販売店が増えていった。現在、専門店以外も含め、市内30店以上で販売されている。

フライと似た名前で有名なのがゼリーフライだが、実はまったくの別料理。おから、ジャガイモ、ネギ、ニンジンが材料で、コロッケの素揚げのような食べ物で、ほくほくとした食感が特徴。ユニークな名前の由来は、小判型であることから「銭フライ」がなまったと言われている。

2015年からは、地域活性化の取り組みとして、市民団体が考案した「さきたま古墳・行田古代米カレー」が登場。行田の観光資源である埼玉古墳群の古墳をかたどったご飯にカレーが盛られている。現在、市内10店舗以上で販売され、各店の工夫を凝らしたカレーライスが味わえる。

利根大堰
利根大堰

市全域は全長67.49㎢。埼玉県北部に位置し、北側を利根川、南側を荒川が流れ、利根大堰から引き込まれる水は、飲み水や工業用水として県内に供給されている。川の恵みを受けた肥沃で、平坦な地形を生かし、米麦を中心に農業が盛んな地域でもある。水と米に恵まれた土地柄から酒造りに適し、2つの酒蔵が軒を構える。

 

気候は、年間を通して際立った風水害や降雪もなく、災害も少ない。自然豊かで、さきたま古墳公園をはじめ、水城公園、古代蓮の里など、四季折々の花が楽しめる公園が整備されている。

迫力の田んぼアート(2015年)
迫力の田んぼアート(2015年)

聖天様の愛称で親しまれ国宝「歓喜院聖天堂」を有する妻沼聖天山は特に縁結びのご利益があるとして季節を問わず多くの参拝者が訪れる。  市を代表する大きなイベントとしては「熊谷さくらマラソン大会」「熊谷うちわ祭」「熊谷花火大会」などが挙げられる。特に熊谷うちわ祭は、「関東一の祗園」と称され熊谷の夏を彩る伝統行事として市内各地で保存される地域芸能などとともに重要な郷土文化となっている。

小川一眞
小川一眞

郷土の偉人に、小川一眞(1860~1929年)がいる。写真家として活躍し、写真製版を日本で最初に実用化。多数の写真印刷物を刊行した。夏目漱石の写真を撮影したことで知られる。東京写真師組合初代組長で、動五等雙光旭日章、藍綬褒章などを受章した。ほかにも、市出身者には、1981年のメジャーデビュー以降、根強い人気を誇る音楽グループ・スターダスト☆レビューのボーカル・ギターを務める根本要などがいる。

 

行田はちまんマルシェ
行田はちまんマルシェ

市は今年を『観光元年』に位置付け、1月に発足した一般社団法人行田おもてなし観光局と協働して、観光振興に力を注ぐ。市内の観光資源を使ったイベントやツアーの開催、新たな特産品の開発・販売などを通じ、地域活性化を図っていく。特産品に関しては、行田市商工センターに構える観光物産館ぶらっと♪ぎょうだで販売し、魅力を発信していく。

市が現在、にぎわいの中心になるようにと、整備事業に取り組むのが八幡通りだ。忍城主が崇敬した行田八幡神社をはじめ、通り沿いの商店街では毎月1日から14日の間(11月、1月のみ15日から末日まで)、花手水で軒先を飾っている。花手水とは、手水鉢一面に季節の花を浮かべたもの。華やかな通りには、毎週日曜日午前、行田はちまんマルシェが開催されている。市内事業者が出店し、新鮮野菜や特産品、雑貨など、多種多様な商品が販売され、多くの人が買い求めに足を運んでいる。市は、この八幡通りを活性化することで、市全体ににぎわいが波及することを期待している。

行田市のデータ

行田市地図
人口 79,824人(令和3年5月1日現在)
世帯数 35,387(令和3年5月1日現在)
面積 67.49㎢
総生産額 2,969億8,100万円(平成30年度)

取材協力:行田市